青森銀行記念館[旧国立第五十九銀行本店](元長町) 旧制官立弘前高校外国人教師館(文京町)
1904(明治37)年、青森銀行の母体となった旧国立第五十九銀行本店として建築された。
設計は、堀江佐吉。
1925年(大正14)年、弘前大学の前身、旧制官立弘前高等学校の外国人教師宿舎として建築された。
建築当初、隣にもう1棟並んで建てられ、左右対称の間取りとなっていた。
弘前学院外人宣教師館(稔町) 日本基督教団弘前教会(元寺町)
1886(明治19)年、本多庸一によって設立された弘前学院に派遣された米国婦人宣教師の宿舎として建築された。
設計、施工はクリスチャンであった桜庭駒五郎。
1875(明治8年)設立された豊北最古のプロテスタント教会で、東奥義塾の塾長、本多庸一が初代牧師を務めた。
設計は桜庭駒五郎、施工は堀江佐吉の子、斎藤伊三郎。
一戸時計店(土手町) 鏡が丘記念館[旧青森県尋常中学校本館](新寺町)
1899(明治32)年、仙台の三原時計店が当地に開業、1920(大正9)年に一戸時計店がこれを譲り受け今に至っている。
時計台の円錐屋根の上には風見鶏がついている。
1893(明治26)年、青森県尋常中学校の校舎として建築された。
明治時代中期の洋風建築としては素朴で装飾が少ないが、旧講堂部分にかけられた小屋組は独特の工夫の見事な物である。
カトリック弘前教会(百石町小路) 三上ビル[旧弘前無尽社屋](元寺町)
1910(明治43)年、オージェ神父の設計で、堀江佐吉の弟である棟梁・横山常吉が施工したもの。
正面に設置された祭壇は見事な細工で、全てナラの木で制作されている。
1927(昭和2)年に、弘前無尽株式会社の社屋として建築。
鉄筋コンクリート造の建築物では弘前で2番目に建てられたもの。
弘前昇天教会[日本聖公会弘前昇天教会](山道町) 旧東奥義塾外人教師館(下白銀町)
1921(大正10)年、1896(明治29)年から宣教を始めていた聖公会が建築した。
設計者は、米国人ジェームズ・M・ガーディナーで、施工は林緑。
煉瓦造りのゴシック様式。
1903(明治36)年、東奥義塾の外人宣教師の住まいとして建築された。
設計者は、メソジスト伝道本部と同校宣教師アレキサンダー、施工は本間俊平。
百石町展示館[旧青森銀行津軽支店](百石町) 旧第八師団長官舎[弘前市長公舎](上白銀町)
1883(明治16)年、「角三」呉服店の店舗として建設された。
1917(大正6)年、津軽銀行に譲渡され、銀行店舗に改造。昭和18年から青森銀行と合併。平成10年まで青森銀行津軽支店として使用。
1917(大正6)年、第八師団長官舎として建設。堀江組施工。
終戦とともに米軍の司令官官舎として使用され、1951(昭和26)年に弘前市に払い下げられ、市長公舎として使用された。

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